登山者の方々へ  

「新型コロナウイルス感染防止と登山について」

 はじめに、新型コロナウイルス感染対策へのご協力に対しまして、コロナ禍への対応に苦慮している医療施設のメンバーとして心より御礼申し上げます。
 現在、国内の状況は幾分落ち着いてまいりましたが、まだワクチンや治療薬はなく、国内で抵抗力を持つ人は1%未満とも報告されていますので、今後も引き続き警戒が必要です。ここでは、現時点での登山に関する注意事項を山に親しむ医療従事者の視点でまとめましたので参考にしていただければと思います。(なお、日帰り登山と宿泊を伴う登山では異なりますので、各項目に、日帰り登山に関するものへは「◎」を、宿泊を伴う登山には「※」を付けております。)

【登山の前に】

  1. ご自分の居住地域・登山対象地域における行政からの要請に従って下さい。(◎・※)
    • 事前に、ご自分の居住地や登山に向かう地域の新型コロナウイルス感染状況をご確認いただき、それぞれの自治体から出されている要請に従って下さい。感染多発地域からの、あるいはそれらの地域を通過しての登山については再考をお願いします。もしも緊急事態宣言が再発令された場合はその対象地域からの登山、またその地域への登山は自粛して下さい。

  2. 日帰り登山と山小屋に宿泊する登山は分けてお考え下さい。(◎・※)
    • 登山自体による新型コロナウイルス感染の危険性は低いと考えられ、晴天の日に自家用車で向かう居住地近くの日帰り登山は運動不足の解消や気分転換に最適と言えます。公共交通機関を用いて遠方の山域を目指す、あるいは山小屋での宿泊を伴う登山とは分けてお考え下さい。ただし、日帰り登山でも登山中の安全に関しては、普段以上にご留意下さい

  3. 登山前2週間に感染多発地域への訪問予定や、訪問歴がないか確認して下さい。(◎・※)
    • ウイルスに感染しても症状がでるまでには最長14日程度かかります。入山時は快調でも入山中に発病することがありますので、直前2週間のご自分の行動 (あるいは行動予定) を確認して下さい。海外への訪問や国内の感染多発地域における公共交通機関の利用、人混みの中への外出、他の人と密接した状況での飲食があれば、知らぬ間に感染し、山の中で発病することがあります。
    • 登山に同行者がいる場合は、その方の事前の行動についても同様の注意が必要です。ツアー登山の場合は主催者がこれらをチェックしているか、体調に不安のある方を登らせないという明確な判断を下しているかも確認することをお勧めします。

  4. ご自分を含めて「全ての人が感染者の可能性がある」とお考え下さい。(◎・※)
    • この感染症は、感染後の非常に早い時期から(発熱などの症状が出始める以前から)他の人にうつしてしまうようになります。また、感染後も最長14日ほど症状のない期間がありますので、隣の元気そうな方からうつされていることも、逆にあなたがその方にうつしていることもあるとお考え下さい。

  5. ご自分の体調はより慎重に管理して下さい。(◎・※)
    • この感染症では、症状の発現後に急速に重症化する事例が報告されています。それは、症状のない時期にも精密検査では肺炎が見つかっていることから、無症状の内に病気が進行し、症状の発現時には既に病状はかなり進んでいるためと理解されています。つまり症状がなくとも水面下で病状は進んでいて、その上に健常者でも血液中に酸素を取り込み難い高地に行くことになりますので、山中での症状出現は急激に悪化し、致命的にもなり得ることを意味します。体調に少しでも不安のある時は、登山を中止して下さい。

  6. 普段の登山以上に安全に配慮した計画を立てて下さい。(◎・※)
    • 登山中に不調を感じた時に、すぐ予定の変更ができるようエスケープルートを確保するなど、いつも以上に安全に配慮した計画を立てて下さい。
    • 登山中に発病し、山の中で動けなくなることもあり得ますので、長期に山中に滞在する計画は極力避けるようにして下さい。
    • 宿泊を完全予約制にする山小屋もあります。余程のことがない限り確実に予定通りの行程で進めるような、時間的にも体力的にも充分に余裕のある山行計画を立てましょう。

  7. 少ない人数のパーティを心がけて下さい。(◎・※)
    • パーティの人数が多くなると、休憩する場所が限られ、休憩中の「密集」「密接」を回避するのが難しくなります。行動中も同様です。また、誰かが体調を崩した時に予定を変更することが難しくなったり、意思統一に時間が掛かったりします。極力少ない人数(1グループ原則10名以下(引率者がいる場合は引率者を含めて))での登山を心掛けましょう。

  8. 普段以上に天気予報に注意して下さい。(◎・※)
    • 悪天候での無理な行動は体力を消耗し、感染症の悪化を招きます。天気予報に注意し、登山計画の中止も含めて慎重に判断して下さい。

  9. 山小屋に宿泊する場合は事前に各小屋の状況や対応を確認して下さい。(※)
    • 山小屋では"三密"(「密閉」・「密集」・「密接」)になり易いことから、宿泊に関して完全予約制の導入や宿泊人数の制限を行う施設があります。事前に各山小屋の対応を確認して下さい。登山者が集中し易い時期を避ける場合も必ず予約をして訪れるようにして下さい。人道的見地から宿泊を断れない山小屋の事情に甘えるべきではありません。その観点からも天気予報は入念に確認し、長期間の山中滞在は避けて下さい。

  10. 宿泊する際に持参すべき物を、必ず事前に確認しましょう。(※)
    • 宿泊の予約をする際に、持参すべき物を確認しましょう。咳エチケットとしてのマスクは必ず持参し、寝具のインナーシーツ・シュラフの持参についても確認の上、必要なら必ず持参しましょう。感染症が発生した場合に濃厚接触者を特定できるよう免許証やマイナンバーカードなどの個人認証ができるものも常に携帯しておきましょう。

  11. 「今、どうしてもその山への登山が必要か」を慎重にお考え下さい。(◎・※)
    • 初めての山や難易度が高い山に向かう場合は、「今年、あるいは今、どうしてもその山に登らなければならないのか」を慎重に判断して下さい。
    • 登山という個人の行動を制限することはありませんが、登山にも社会的責任が伴います。登山中のご自身の安全と感染予防、そして感染拡大の防止にも十分ご配慮下さい。


【登山時の注意】
  1. 全ての行程で"三密"の全てを避けましょう。(◎・※)
    • 自宅を出て、自宅に帰るまでの全ての行程で"三密"の全てを厳密に避けましょう。

  2. 登山対象地域でお住まいの方のお気持ちにもご配慮ください。(◎・※)
    • 登山口周辺は多くの場合、人口も少なくコロナウイルスとも無縁です。また、医療施設へのアクセスも悪いことから、外部からの人の往来を望まない方もいらっしゃるかも知れません。その方々のお気持ちへの配慮も忘れないようにお願いいたします。

  3. 登山口までの移動手段に注意しましょう。(◎・※)
    • バスや電車に長時間乗っての移動は、そこでとられている対策によっては感染の危険を伴います。道中で感染して山の上で発病したり、下山後に発病し登山の疲労も重なって重症化したりする可能性も念頭に置いてください。
    • 自家用車での移動は比較的安全ですが、同乗者がいる場合はその方の体調も確認しましょう。
    • 同乗者が同居家族のみでない場合は移動中もマスクを着用し、マスクを正しく着けていない方(次々項5.を参照)とは2m以上離れているようにしましょう。

  4. 登山中や休憩中も不必要な会話、他の登山者との接触は最低限にして下さい。(◎・※)
    • 感染の危険性を高める"三密"を避けるために、休憩時には自分以外の登山者との距離を十分に取るよう配慮して下さい。
    • 休憩中はマスクを着用し、マスクを正しく着けていない方(次項5.を参照)とは2m以上離れているようにしましょう。 
      • 暑い環境下でのマスク着用は熱中症の観点からも注意が必要です。水分をこまめに補給し、他の人と2m以上の距離が確保できれば、休憩中も適宜マスクを外しましょう。
    • 休憩中の飲食でも感染の危険性があることをご理解下さい。向かい合わせにならず、充分に距離をとり、近い距離での会話は止めましょう。仲間と行動食を分け合う時も個包装のものにしましょう。
    • 飛沫感染を防ぐために互いに2mの距離をとることが勧められていますが、歩行している場合には、前を歩いている人の飛沫は2m以上離れた後ろの人が浴びることも分かっています。時速4kmの歩行では5mの距離が必要で、より速くなればさらに離れる必要があります。ただし、同じパーティのメンバーがあまりに離れ過ぎると別の意味での危険性がありますので、安全な登山と感染防止の両立にご配慮下さい。
    • 他の登山者とすれ違う際には、登山道の極力広い所で、極力遠い距離を保ちつつ会釈のみをしてすれ違いましょう。

  5. 山小屋では他の登山者との距離を十分に保ち、マスクを着用して下さい。(※)
    • 宿泊に山小屋を使用する場合は、必ず山小屋従業員の指示に従い宿泊部屋等で他の登山者との距離を十分に(両者が手を伸ばしても互いに触れない、概ね2畳に1人程度)保って下さい。特に就寝中は息苦しさからマスクを外す方もいたり、着けていても無意識に外したりすることもありますので、充分な距離をとることは非常に大切です。
    • 山小屋内では必ずマスクを着用しましょう。マスクは喉の乾燥を防ぎ感染防御能を高めてくれますが、主な着用の目的は他の人を感染から守ることです。したがって、マスクを着けていない登山者、着けていても話す時にマスクを除ける人へは2m以内に近づかないようにしましょう。これはマスクを正しく装着していない人(下図)も同様です。
         
               (図. 鼻が出ていては効果が半減します)

  6. 向かい合っての食事、話しながらの食事は避けて下さい。(◎・※)
    • マスクを外さなければならない食事の時は感染の危険性が高まります。山小屋内の食堂では他の登山者との距離を十分に保って、互いに向かい合わせを避けて着席して下さい。話をしながら食事することも厳に慎んで下さい。談話室などでも不要な会話は控えましょう。

  7. 水場など可能な所では「徹底した手洗い」を励行して下さい。(◎・※)
    • 山で手洗いのできる場所は限られますが、水場や山小屋などの宿営地では可能な範囲で手洗いを励行して下さい。石鹸でしっかり泡立てて指先・指の間・爪の先・親指・手首を30秒以上洗うようにしましょう。手洗いが難しければ、消毒用アルコールを持参することも有用です。ただし、火気には近づけないように十分注意しましょう。

  8. 体調を崩した時は下山して下さい。(◎・※)
    • 行動中に体調を崩した時は、可能な限り直ぐに登山を中止して下山して下さい。止むを得ず山小屋に宿泊する時は、受付で必ず体調が悪いことを伝えて下さい。
    • 少し体調が悪い時に「仲間に迷惑をかけたくない」と我慢する方をしばしば見かけますが、かえってその方が後でより大きな迷惑をかけることになり得ますので無理は禁物です。

  9. テント泊の場合も十分な空間、換気に配慮して下さい。(※)
    • テント泊は山小屋での宿泊より感染の危険性は低いと言えますが、同居家族以外のメンバーが一緒に寝る場合はやはり"三密"に注意して、充分なスペースの確保と頻回の換気を心掛けましょう。

  10. 「引き返す勇気」を忘れないで下さい。(◎・※)
    • 登山中に少しでも危険や不安を感じた場合、天候の悪化が予測される場合は、是非、早めに「登山の中止」を決断して下さい。

  11. 国内の救助活動も全く従来通りではないことをご理解下さい。(◎・※)
    • 山の中では、仮に医師がいても新型コロナウイルス感染症と高山病や他の呼吸器疾患を鑑別することは不可能です。仮に真実は他の疾患であったとしても、救助担当者の命を守る為に「新型コロナウイルス感染疑い」として対応せざるを得ません。ご自分が「コロナ感染疑い者」として扱われる可能性があることをどうかご理解下さい。なお、「疑い」のみでも厳密な対応が必要となり、現場は極めて大きな負担を強いられます。
    • 警察・消防・山小屋関係者にとって新型コロナウイルス感染症への対応が既に大きな負担になっています。一時、崩壊しかけた国内の医療体制は現時点では少し落ち着いて来ていますが、医療資源の面ではまだ大きな爪痕が遺されていて、万一の事故はこれらの体制に普段以上の負荷をかけることになります。
    • 各山岳地域で活動して来た山岳診療所・救護所の内、いくつかの施設は既に今年の開設を断念しています。また残りの施設についても、規模の縮小により少なくとも例年通りの活動は行えないと予測されています。
    • 国内で山岳救助に用いられているヘリコプターでは、機内で患者と乗務員を隔離することができません。必然的にパイロットも厳重な防御具を装着しての操縦を余儀なくされます。
    • 搬送を担当した乗務員の内に、防御具が不完全であったり、防御具を外す手順を間違えたりした乗務員がいれば、搬送後14日間(あるいは要救助者のPCR検査で陰性が確認できるまで)の出動停止が必要になります。また、搬送に用いたヘリコプターには厳密な消毒等の作業が発生しますので、その後の救助体制に大きな影響があります。


【下山後の注意】
  1. 体力の回復に普段以上に留意して下さい。(◎・※)
    • もしご自身が不顕性(症状の出ていない)感染者であった場合や道中で感染した場合には、登山による体力の消耗が発病や重症化を招くこともあります。体力の回復にはいつも以上に留意しましょう。

  2. 感染の症状があれば、地元の相談窓口に相談し、山小屋へもご連絡下さい。(◎・※)
    • 万一、下山後に37.5℃以上の発熱が続くなど感染の症状があった時は、まず各都道府県の帰国者・接触者相談センター(地域により名称が異なる場合もあります)にご相談下さい。山小屋を利用していた場合は、宿泊あるいは食堂やトイレ等を利用した全ての山小屋にも連絡して下さい。

 登山は自然環境における個人の活動ですが、社会と完全に無関係ではありません。山中での発病は当然ですが、事故での搬送も医療体制に負担をかけますので、今は反社会的とすら見なされるかも知れません。登山者の社会的責任に十分ご配慮いただければ幸いです。
 なお、本稿の内容は、あくまでも現時点での情報に基づいたものであり、今後の変化によって変更になる可能性があることをご理解下さい 。

(2020.06.09) 
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